皆さんお久しぶりです!
また長い間ブログの更新を滞らせてしまいました…
いつも何か書こう書こうとは思うものの、目の前の作業にばかりに集中してしまい、ブログ更新が疎かになってしまいます。ダメですね。。。
ただ最近では、このブログを読んで、弊社に興味を持ってインターンシップに応募してくる学生が増えたり、新たなお仕事のご相談を受けることも多いので、苦にならない程度にこれからも時々ブログ更新をしていこうと思います。
よーし、今日はブログ書くぞーー!
(と言いつつ、実はブログを書く決意をしてからすでに一週間以上経過していますが…)
ちなみに、もしこういうテーマで書いて欲しいというものがあれば、ぜひコメントで教えてください!
会社は1周年
さて、昨年6月に3人で事業を開始した弊社Htun Khaing International(トゥンカインインターナショナル)も、業務開始後ついに1年が経ちました!
当初は3名で始めた会社でしたが、徐々に事業規模や事業数も拡大し、現在では約20名が働く組織にまで拡大しています。
弊社は現在、
・デリバリーマッチングプラットフォーム(Hi-So)
・日系企業向けFacebook運用代行を中心としたマーケティング支援
・緬語⇔日・英の翻訳・通訳事業(ミャンマー語.com)
を中心に事業展開しているのですが 、上記以外にも様々なメディアの運営やコンサルティング業務などを通して様々な事業に携わってきました。
では果たして、儲かっているのか?と言うと、必ずしもそういう訳ではないですが、日々”生きている!”という感覚を味わいながら、 着実に自分にしか描けない未来を作り上げていっています!
今後は既存事業の発展に加え、自分自身の日本関連インフルエンサーとしての強みを活かした日本関連事業も動かしていこうと計画中です。
(新規事業については、ミャンマージャポンさんの次号に掲載予定の私のインタビューでも少し触れてますので、是非そちらもご確認下さい!)
TKは30周年
そして、会社の1周年のタイミングと同じく、今月6月5日に私も誕生日を迎え、ついに30代に突入しました!
(30歳を迎えた初日に風邪を引くというスタートで幸先不安ですが…)
昔は、30歳と言うと、遠い遠い未来の話だと思っていましたが、いざ30歳になってみて、本当にあっという間だったなと強く感じます。
孫正義が高校生に語りかけた下の動画を思い出し、このままのスピードで時が流れると本当に”あ”っという間に死んでしまうなと改めて実感し、少し怖くもなりました。
ただ、今は昔よりも日々”濃い”時間を過ごせてるとも思うので、この濃さが更に増すよう、積極的に挑戦を続けていきます!
そんなわけで前振りが長くなりましたが、今回のブログでは、私が今から13,4年前の高校生の時に作った”人生設計図”を披露するとともに、現時点の立ち位置の認識、そして30歳の決意を(勝手に)表明したいと思います。
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人生設計図
高校2年生の時、私は自分の人生の指針となる人生設計図というものを作成しました。
これがその人生設計図。
(19歳)
4年制大学の商学部または経営学部に入学し、ブランド力やビジネス英語や国際貿易などを学ぶ。そして大学在学中に世界一周をし、ビジネスチャンスを探す。
(25歳)
商社か金融関連の会社にはいる。そして色々な知識を付け、企業に向けての準備をする。
(27歳)
株式会社(名前はどこかの言語で”笑顔”)を設立し、仲間同士で、まずは元手が少なくても出来るビジネスをして資本を集める。
(30歳)
貿易会社を設立し、発展途上国と日本を結ぶ貿易をする。そして、だんだん会社が大きくなれば全世界と取引をおこなう。
決して意識が高い学生だったから作ったというのではなく、 当時経験したある辛い経験を乗り越えるバネとして作成したのが、この人生設計図でした。
私はこの人生設計図を常に部屋に飾っているのですが、日々生活していく中で、この人生設計図の年表と内容を意識し続けることは正直ありませんでした。
しかしながら、実際の過去の歩みと照らし合わせてみると、おおよそ人生設計図の通りにきているので、潜在的にこの人生設計図を意識しているのかもしれません。
(19歳)
4年制大学の商学部または経営学部に入学し、ブランド力やビジネス英語や国際貿易などを学ぶ。そして大学在学中に世界一周をし、ビジネスチャンスを探す。
→明治大学商学部に入学し、上記分野を学び、世界一周はしてないもののバックパッカーとして28カ国を旅する。その際に見付けた、面白い商売の種の話を就活で披露し商社の面接を受ける。
(25歳)
商社か金融関連の会社にはいる。そして色々な知識を付け、企業に向けての準備をする。
→総合商社に入社。貿易・会社経営に関連する知識を身に付ける。
(27歳)
株式会社(名前はどこかの言語で”笑顔”)を設立し、仲間同士で、まずは元手が少なくても出来るビジネスをして資本を集める。
→28歳で会社を設立し、まずは自己資金の範囲内で出来る仕事から事業開始。ただし、社名は”笑顔”とは関係なし。
(30歳)
貿易会社を設立し、発展途上国と日本を結ぶ貿易をする。そして、だんだん会社が大きくなれば全世界と取引をおこなう。
→貿易関連のビジネスのお話も幾つか関わっているが、今年どうなるかは不明。さあどうなる…???
30歳以降の内容については、当時と今とではやりたいことが異なっていることもあり、ここではあえて伏せておきますが、今後の人生は、この人生設計図に書かれてるものとは異なる人生を歩むことになるでしょう。
しかしながら、たとえ異なるベクトルの人生を歩んだとしても、スケール感、スピード感に関しては、人生設計図に描かれている自分と競い合い続けたいと思います。
何故ならば、私の永遠のライバルは、この額縁の中に存在する「高田健太」なので。
30歳=自分の人生の歩む道を決める年
上でご紹介した人生設計図とは別に、これまでの人生を歩む中で意識し続けていたことがもう1つあります。
それは、
20代は何やってもいい。ただし、 30歳の時には「自分の人生はコレだ!」というものを心に決め、その後は軸をブラすことなく人生を歩まないといけない。
ということです。
では実際にいざ30歳になって、「自分の人生はコレだ!」というものが決まったかというと、正直、まだ決めきれていません。
それはなぜかと言うと、自分に経営者としての素質・才能があるのか否かを、自分自身、まだ確信が持てていないからです。
ですので私は、この30歳の1年を、
“経営者として積極的に挑戦を続け、自分自身の経営者としての才能を試す年”
にしたい考えています。
経営者の資質が問われる国『ミャンマー』
ミャンマーは、日本以上に経営者の資質が試される国だと私は思っています。
なぜならば日本の場合、部下から上司が意見を吸い上げ、それを事業活動に反映させていくということが経営者にとって大切であると思いますが、ミャンマーでは部下から意見が上がってくるということは非常に稀です。
これはミャンマー人が悪いのではなく、ミャンマー人が受けた教育が、自ら考えることを良しとしてこなかったことに起因しています。
しかし、それが全て”悪”かと言うとそういう訳ではなく、ミャンマー人は日本人以上に上司の判断に忠実に従うため、上司が適切な判断を下せた場合、日本以上に組織が爆発的な機動力をもって結果を出していくことができるからです。
つまり、ミャンマーでの成功・失敗は、全て経営者の能力・資質によるものであり、そのため、経営者としての資質が大きく結果に左右するこの国での事業活動を通して、自分自身の経営者としての才能を試していこうと思います。
最後に、30歳の決意として、この1年の間に自分自身が経営者としての才能を自覚できない場合、私は経営者を引退しようと思います。
ただ、その判断基準は利益が上がる上がらないの話ではなく、あくまでも自分自身の”自信・納得”の問題。
もしかすると利益が上がって無くても続けるかもしれませんし、逆もまた然り。
ただその基準は、”売上”なのか”社会的インパクト”になるような気がします。
本当はもっと読みやすく、ラフな内容にしようと思ったのですが、根の真面目さが出て、堅い内容になってしまいました。。。
ただ、自分自身の考えを明確にしておく必要があると思い、30歳の投稿として、自分の為にもこれを記録に残すことにします。
よーし、明日からもお仕事頑張るぞー!
まじですごすぎ。
高校の同級生として感慨深すぎます。
あれからもう12,3年ってヤバいよね。。。